【エッセイ】オペラ 人魚姫――蒔田裕也(作曲家)
- 2019.08.29
- CD、楽譜の制作販売
- エッセイ
2019年7月26日に蒔田裕也作曲「オペラ人魚姫」が発売されました。蒔田裕也さんにエッセイをご執筆いただきましたので、ご覧ください。
日本語のオペラを
オペラはイタリアで生まれ、その後ドイツやフランスなどでも、多くの作曲家たちがその国の言葉でオペラを次々と生み出してきた。耳だけでなく、目でも楽しめる総合芸術であるオペラは、世界中で多くのファンを魅了した。私自身も、19歳の時に観たプッチーニ作曲『ラ・ボエーム』に心を奪われ、オペラの世界にどっぷりと浸かることになった。
「日本語のオペラを作曲したい」。学生時代からプロや学生団体のオペラでピアノを弾いていた中で、私は強くそう思うようになった。オペラや歌曲などの声楽作品は、曲作りをする前にまず台本や詩がある上に、メロディーは言葉のイントネーションにかなり左右される性質を持つ。しかし、だからこそ「日本語からしか生まれない独特のイントネーションを大切にした曲を書きたい」と思ったのだ。台本を作成する段階から台本作家と議論し、推敲を重ねていった上で、登場人物や情景に音を深く組み込んでいく。そうして完成した作品がオペラ『人魚姫』だ。
オペラ『人魚姫』
私はかねてから『人魚姫』を題材にした曲を書きたい、と思っていた。アンデルセンの描く人魚姫は、王子に叶わぬ恋心を抱き、最後は泡となって消える。その運命は残酷だが、人魚姫が「王子の幸せを願いながら自ら身を引く」と決めた点に、私は不思議な共感を抱いた。外国の童話ながらも、『鶴の恩返し』や『かぐや姫』のように日本人の心情に深く通じるものを感じたのだ。アンデルセンの世界観に没頭した私は、友人である近藤加奈子さんに台本を依頼し、1カ月ほどで曲を書き上げた。
『人魚姫』の創作ではまず、「原作通りバッドエンドにする」と決めた。ハッピーエンドにした映像作品などもあるが、美しくも儚い物語であることは絶対に不可欠だった。ただ、人魚姫が誰かの画策で不幸な目に遭い、恨みを抱くという筋書きは避けた。登場人物には悪役は一人もいない。魔女も、常に増音程のハーモニーを持って強い存在感を放ってはいるが、今回は悪役でなく運命を司る存在として扱った。これにより、人魚姫は誰を恨むこともなく、自らの意志で泡となって消えていくことになった。
また本作では、人魚姫が声を出せなくなることを逆手に取り、ヴォカリーズ(歌詞のない母音歌唱)のアリアを1曲組み込んだ。この曲は、私の声楽作品の中では特に高度な技術を要する曲になったが、非常に美しいアリアでもあると自負している。終盤に人魚姫は、自分ではなく王女と婚約してしまった王子を刺し殺すことができず、自ら海の泡となることを決める。己を犠牲にしてでも愛しい人の幸せを願う「究極の愛」がそこにはあり、そして非常に日本的でもある。私は特に繊細に音を配置した。
初演時のソリスト、スタッフを始めとする多くの方々にご尽力いただき、今回こうしてヴォーカルスコア版を出版できる幸せに感謝している。誰もが知るアンデルセンの童話『人魚姫』の世界を、ぜひ皆さんの手によって多くの人に届けてほしい。
楽譜情報
オペラ 人魚姫 全2幕
作曲:蒔田裕也
台本:近藤加奈子
原作:ハンス・クリスチャン・アンデルセン
発売日:2019年7月26日
JAN:4562276365093
ISBN:9784990810986
判型 / 頁 :A4判 / 128頁
定価:3200円(税別)
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